セレッソとサポーティングカンパニー契約締結

本日からうちの会社とサッカーJ1のセレッソ大阪がサポーティングカンパニー契約を締結しました。創業当初からの目標の一つだっただけに非常に感慨深く、このような素晴らしい機会を与えてくださった幸運の神様に感謝したいです。ありがとうございます。
という訳でこれ関係の雑感をいくつか。

自分とセレッソの始まりは12年くらい前にたまたま懸賞で当たった観戦券から。
その頃(大学時代)は、セレッソどころかサッカーにも興味なく、「まあタダやし行ってみようや」と行ったことがそれからの人生に大きな変化を与えるとは今思っても不思議で仕方ない。

試合は記憶が曖昧だが確かジェフか柏だったと思う(黄色だったので)。
たまたま運良かったのか非常にアツい試合に当たったようで、サッカーってめちゃおもろいやん、と非常に感動し、そこから次の試合も来てみよう、と段々とスタジアムに足を運ぶようにった。

それからどっぷりとセレッソにはまるまで半年もかからなかったと思う。

ファンクラブに入り、グッズを集め、舞洲の練習場にも行くようにとなり、気がつけば一番好きなチームはセレッソ、と当たり前のようになっていた。

今思えば、もしかしたらこのたまたま当選した懸賞チケットがセレッソではなく、ガンバだったらガンバファンになっていたかもしれない。この偶然を考えれば、数年前から行われているタダ券の配布増加も一概には否定できないかな、とも思う。

それからは、眞中さんの3分ハットトリック、浦和に0-3でリードされながら逆転勝利など喜びの現場にも遭遇したけど、やはり、

・  2000年の「長居の悲劇(リーグタイトルを後半ロスタイムで逃す)」
・  2005年の2度目の「長居の悲劇」
・  2度の天皇杯決勝での敗北
・  2度のJ2降格
・  タイトルないままモリシ引退

と喜びよりは悲しみ、苦しみのほうが遥かに多いかもしれない。。。

こんなことを10年間経験しているうちに、生活面でも大学卒業後はセレッソが自分の人生に影響を与えはじめ、

・  大学院を中退して入庁した大阪市役所。受験当初は京都市役所とどちらの試験を受けるか(1つしか受けられない)悩んでいたのだが、決め手はたまたま願書締め切り直前に見た朝日新聞の大阪市役所セレッソファンクラブの記事だった。これが大阪市を受ける決め手の一つになった。その後、ファンクラブの一幹事もさせてもらいました。

・  公務員入庁時ごろ付き合っていた彼女が、稲本ファンからかなりのガンバファンになり、やむを得なく別れた。今の奥さんはセレッソファン(多分)。

・  公務員を退職しようかなと考え始めたときに、これからはホームページの知識は最低限ないと、と思い、セレッソのファンサイトを作りながらWEBの勉強をさせてもらった。このサイトは1日のアクセスが1000くらいまではいったのけど、途中で更新に心が折れて1年で閉鎖してしまった。これが契機となり、色々なものに手動ではなく自動化できる仕組みをその後は考えるようになった。

と色々とセレッソ絡みの人生を楽しんでいる。

その後、2006年に公務員を退職したときにいくつかこれからの目標を決めた際に、「いつかセレッソを支援する会社の一つになる」と目標を定め、ようやく時間はかかりましたが、今日無事に目標を達成することができました。

素直にただ嬉しいです。ありがとうございます。

ただ、ここで終わりということはもちろん考えてなく、今後もより会社として支援できるよう新たな目標を定めようと思う。

色々考えているのだけど、まずは大阪に会社のある知り合いの社長さんたちなどに「地元チームのセレッソを応援しましょうよ」と声をかけ、セレッソをより盛り上げられるようしたいと思う。これは早速今日から動きます。

非常にまだまだ微力ですが、できることから頑張って支援させていただきます。
これからもくらしナビをどうぞよろしくお願いします。

Pocket

コメントを残す