【公務員からの教え 3-15】 有名な人という噂

「ちょっと時間ええか? ええならついてこいよ」
そう運転手の永井さんは言うと、わたしは庁舎の端っこにある小部屋に連れていった。
中に入ると広さは8畳ほどの部屋で、応接用ソファー、湯沸かし器、そしてテレビまでが置いてあった。
部屋の中はお世辞にも綺麗ではなく、ゴミが散らかり、タバコの煙がもうもうとしているので、来客用の部屋ではないことはすぐにわかった。
「ここはな、運転手とか環境さんたちの控え部屋や。

まあいつでも来いよ、多田のやつもよう来っとたで。
まあ、とりあえず座りいや。」

と永井さんはそう言うとわたしを応接用の赤茶色の革張りソファーに通した。
そして勤務時間中にもかかわらずテレビのスイッチを付け、なぜかワイドショーを見だした。
通されたソファーはところどころめくれていて、もう長い年月使っているんだろうなという使用感が出ている。

「にしても、おまえ、さっそくあのオッサンにやられてんな~ ははは」

あのオッサン=手島係長
なことは直感的にすぐに分かった。
『いやまあ・・・僕にも色々足りないところがまだまだいっぱいありますんで。色々ご指導いただいております。』

と無難な答えを一応してみた。
というのも、まだ永井さんがどういった人なのか分からないので、もしかしたらわたしが今話をしたことが全て手島係長の耳に入るかもしれない、とちょっぴり心配になったからだ。
「はははー おまえオモロイやつやな。
でもあんなん指導ちゃうやろ、半分イジメみたいなもんやろ。
ふつうさ、配属初日の歓迎会の日にあそこまでブツブツ説教するか??せえへんでふつうは。」

まあ確かにそう言われると、配属初日の二次会での2時間耐久説教タイムは非常に精神的にこたえたし、その後気持ちがけっこうナイーブになったのは事実。
『はい。確かにキツかったのはキツかったですね・・・まさか予想してなかったもんで・・・』

「そりゃそうやろ~ははは。新人くんなおまえにええこと教えたるわ。
あの係長な 新人キラー で有名なんやで。」


『し、しんじんキラー!? なんですかそれは??』

わたしは思いがけぬ永井さんの発言にとっさに身を乗り出して聞き返した。
「おれな、15年くらい前にいちどあのオッサンと職場が一緒になっとるんやわ。そのときは確かまだ係長じゃなく主任かなんかやったけど(係長の2つ下)、もうあん時から新人に厳しかったな。
仕事とか教育に熱心といえば熱心なんやけど、もう言われるほうの新人はたまらんよな。
泣き出すやつもおったし、キレて反抗しまくるやつもおったし。
まあ噂やから知らんけど、異動先であのオッサンとソリが合わないとかっていって役所辞めた若いやつもおるらしいで。
局(同じ部署内のこと)内ではけっこうな有名人ってやつやな。
まあつまりな、おれがおまえに何を言いたいかって言ったらな、
人が悪いオッサンではないけどな、説教されるのは基本オマエばかりになるわ。
でも、耐えろ。定年までの1年間の我慢や(笑)

ってことや。ははは。
まあ愚痴くらいならいくらでも聞いたるし、いつでもこの部屋に来いよ。ははは。」

・・・
何てことだ。
あの係長は局内きっての有名人だったとは。
しかも仕事ができるというのではなくて新人キラーで!?
公務員って勝手なイメージでは、何となくイイ人ばかりの集まりと違うの!?
何だか一気にこの先が不安になってきた。
まだ配属2日目というのに。
続く。

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